すいかのまわり道

凸凹な私の『子育てと自分育て』の記録。このブログは広告を含みます。

中3兄に、中高一貫校を選んだ理由、そして彼の将来の職業

 

 

こんばんは🎶

 

松江塾ママブロガー、すいかです🍉

 

先ほど松江塾ブログを見たら、3語短文で皆さんブログが賑わっているようですね!

 

末っ子も苦戦するときは結構時間がかかる💦

今日はもう書きかけていた、兄のこと😊

 

 

 

 

 

 

兄は、ちょっと変わり者。

 

 

また時間のあるときに残せたらいいけど、

幼稚園の時に診断はもらっている。

 

 

電車に乗る小学校を検討したけど、核家族で下に小さいのが二人。

スタートの付き添いでさえ厳しい。

 

 

小学校は、可もなく不可もなく通っていた。

2学期が始まってから少し経ったある日、

『〇〇くんがランドセルをひっぱってくる』と言ってきた。

聞けば、1学期にも何度もあったようだ。

 

 

2年、3年と学年が上がっても何かしら、トラブルがあった。

 

 

かくれんぼで兄が鬼の時に皆帰ってしまい、『見つからない』と30分も探し続ける。

話し方が変だ、と学校でからかわれる。

 

 

悪い芽は芽のうちに摘み取ってもらわないと、高学年になるとこれが暴力やゆすりになりかねない。

モンペと思われてもいい、都度、先生に話し守ってもらった。

 

 

兄は、友達と遊びたい。でもうまく遊べない。話もかみ合わない。

 

 

『友達を求めてトラブルに巻き込まれるくらいなら、友達なんかいらない。

帰ってきたら家で本を読んでゆっくりしてればいいよ』

 

帰宅後は家族で遊んだり本を読んだり、ゆっくりと過ごした。

 

 

 

3年生で公文を辞め、夫の勧めで中学受験塾に通わせた。

 

夫自身も地元の小学校に馴染めず中学受験をした。

私は縁のない環境で育ってきたけど、

弟が『田舎から来たくせに』と小中学でいじめられたもの知っている。

 

 

 

この小学校のメンバーと、中学生になってもまた同じ学校で。

広い広い日本の、この狭い狭いたった一区画のコミュニティで肩身狭く過ごすくらいなら

出ればいい。

電車に乗ればいい。

 

 

その先の学校で何かあっても、皆色んな地域から集まってくるから

学校は学校、家に帰れば自分の場所、と切り離せる。

 

 

 

中学受験塾は楽しそうだった。

授業が楽しい、同じ目標に向かうライバルたちと過ごす時間も楽しい。

もちろん、楽しいだけじゃないけどね。

 

 

 

高学年になり、学校の先生からたまに連絡をもらうようになった。

 

『忘れ物が多すぎる、お母さんの方で管理してあげてほしい。』

『教室移動など、皆で行動するときに必ずといっていいほど、遅れる。』

 

 

 

忘れ物は同じクラスのママさんにお願いし、ラインでプリントを送ってもらうことにした。

そもそも、持ち帰るプリントがいつどこにあるのかさえ、わからない。

 

 

 

すごくいい先生で、兄を尊重してくれた。

授業は兄が話しすぎて先生とマンツーマンになってしまうことがあるが、皆を授業に巻き込んでくれる、と良いほうに捉えてくださっていた。

 

 

先生やクラスメイトに迷惑をかけているのは申し訳ない。

時間を守るのは最低限必要なことなので改善しなければならない。

それ以外の協調性は、求められても脳的に厳しいのだ。

 

 

 

多くの中学校に行き、先輩ママから情報を集め、兄に合う学校を選んだ。

夫が勧める学校とは違ったが、夫も『兄に合ってる』と理解してくれた。

 

 

 

受験が終わり、すれ違うママさんたちとも、やっと終わったねと話す。

当時の色々あった子のママさんたちも、突然声をかてけてくださる。

『おめでとう、勉強好きだったものね!』

 

 

 

違う。努力したんだ。

もちろん、勉強は嫌いじゃなかった。

本当は一緒に遊びたかったけど、遊べなかった。

寂しくて、泣いたことだってあったんだ。どちらが悪いわけでもない。

だからこそ、この狭い箱から出ようと努力させ、努力したんだ。

ストレスで前髪が抜けたり、模試で泣いたり、家で何度もぶつかった。

 

 

 

兄と合う子がたくさんいる学校で、楽しく過ごしてほしいと

あなたたちのお子さんのおかげで、必死に頑張ったんだ。

 

『ありがとうございます』

 

 

 

兄は、今学校をものすごく楽しんでいる。

部活の仲間、クラスの仲間、以前の塾の仲間、今の塾の仲間・・

いい意味で、他人に干渉しない子たちが多い。

 

カラオケ、麻雀、ペットボトルで野球、ラーメン巡り、公園トーク…

 

絵に描いたような、馬鹿な男の子たちの青春を過ごしている。

 

 

一気に世界も広がった。

はじめは広すぎてどう対応していいかわからず、しょっちゅう電話してきたけどw

 

 

 

 

そんな兄だから、診断を受けてからはレールを敷こうと話した。

 

手に職を、持ってもらう。

 

そこだけは親の指示に従ってもらう、これは何度も話してある。

 

 

 

私の主治医から『年齢的に伝えたければ伝えてもいい』と言われているけど

まだ彼には話していない。

でも、自分の特性を薄々は気づいている。

 

 

国語がどれだけ理解できたとしても、自分自身のことになると難しい。

コミュニケーションは一般的ではない。

サラリーマン・・営業は、確実に無理だ。

 

 

協調性のない夫と私の子だもの。

 

 

結婚するかどうかもわからない。

彼が働きやすい職を持ち、一人ですべて出来るようになるよう、レールを敷く。

 

 

中3になり、学校で先生と話したり友達と話したり、彼自身将来を模索し始めた。

何の、手に職を選ぶかは要相談だけど。

 

 

 

『まま、あく(バス)、いっぱい』なんて駅で喋っていたのを覚えている。

もう、ホントにホントに可愛かった。

 

 

今ももちろん、可愛い。

初めての子だし。

 

 

背もとっくに抜かれてしまい、機嫌が悪いと私を論破しようと畳みかける。

低い声がうるさいし、偉そうだし、生意気だ。

 

でも『お母さん、大好きだよ』『いつもお弁当ありがとう』『おいしかったよ』

ちゃんと言葉にしてくれる。家事も、する。

 

夫は義母にそんなことは言っていない。

私の弟に背格好や話し方も似ているが、私の弟も母にそんなこと言っている記憶はない。

 

 

 

 

・・・夫のおかげだろうなw

 

 

 

 

 

幼稚園受験でも、小中高受験でも、どれでもなんでもいい。

ここに兄の居場所がなかっただけ。

 

末っ子は、きっと地元の中学で楽しめるだろう🎶